英語→日本語への翻訳はNONSENSE!

英語を日本語に翻訳するのって、かなり無理があるよね。

English → Japanese だけじゃなく、語源や成り立ちが違うLangage(言語)同士を翻訳すること自体、超NONSENSE(ナンセンス)なことだと思わない?

EnglishはEnglishのままで感じ取ろうってのが、このESSAYのTheme(テーマ)でもあるしね。

っていうか、日本語をしゃべってる同士ですら、まともにCommunicationが取れないことが多いのに、Englishを日本語で伝えるなんて、ぼくにはMore無理!!!

ホントにもう、「Englishを(無理やり)Japaneseに訳せ!」って感じて英語を教え込まれ、学んで来ちゃったもんだから、私のような”English Allergy”の日本人ができちゃうんだよ(笑)

翻訳じゃなく、「どんなNuance: ニュアンスかを表現してみようね♬」って感じで、教師が学ばせてくれていたら、私は学生時代、英語が大好きになってたはず(多分)♪

とにかく、EnglishとJapaneseには、言語として、あまりにも距離があり過ぎる。

語源、構造、成り立ち、考え方、Culture…が違いすぎるから。

これを痛感させてくれたのが、TALEBのINCERTOと加治将一氏なんだけどね!

このことを英語を学ぶ初期の段階で知っていたら、今とは比べ物にならないくらい【ERUDITE[érjədàit]: 博識[博学]な人、博識家、博識者、博学者】になれていたはず!

∴このESSAYでは、「気分的に」日本語にするのが嫌なときは、英語をそのまま英語で表現しておいて、イメージやニュアンスを注釈で伝えるというStyleをとっている。

加治将一著「龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン p281」

【明治時代、日本の公用語を英語にする動きがあった】一体誰がどういう理由で?もし英語になっていたら日本はどうなっていた?-masakazu kaji-

#628 【明治時代、日本の公用語を英語にする動きがあった】一体誰がどういう理由で?もし英語になっていたら日本はどうなっていた?-masakazu kaji-

ここ最近、翻訳された本を読むと、翻訳者に何か「思考を誘導されているんじゃないか」「間違った解釈で伝えられているんじゃないか」と感じ、気持ち悪いから、原書(英語なら何とかなる)を買って精熟思読するのを楽しんでいる♬

最後に…

知的好奇心の追求を超える楽しいことってある?

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